2017年7月9日日曜日

愛するために信じる



日本人は海外の人から、良く無表情と言われています。

アメリカに行くと、初対面の人に握手を求められますが、その時の相手の表情は決まって、口角が上がり前歯を見せた笑顔です。

その方が、確かに安心するのですが、自分が真似しようとしてもなかなかできません。

日本は、ほぼ単一民族国家であり、笑顔を見せなくても、生活をして行く上で支障はありません。

一方、アメリカは多民族国家であり、話す言葉や文化が出身国によって大きく違うため、意志の疎通が上手く行かない時代があったと思われます。

身の危険を感じさせてしまえば、銃の所持が許可されているので、命の保障はありません。

知らない相手には、まず敵意がないことを伝えておく必要があり、自分を信じてもらうために笑顔を強調するようになったと聞きました。



子供の頃に、人を信じることが大切だと、何回も聞かされましたが、その真意は判りませでした。

確かに、誤解が生まれて友達が信じられなくなると、ケンカになり易くなったと思います。

世界中で戦争が起きるのは、お互いを認め合い、許し合うことが出来なくなったせいですが、元をたどれば、相手を信じることが出来なくなったためだと思います。



家族の間で問題が起きた時に、「こんなに、あなたのことを思っているのに、どうしてなの?」と、嘆く人の言葉を聞きます。

どんなに思って(愛して)いても、お互いに信じていなければ、想いが通い合うことはありません。

問題が起きたのは、相手の想いが判らなかったためであり、それは信じ合えていなかったからなのかもしれません。

他者との関係で、苦しい思いをしてる人ほど、相手を信じていないのかもしれません。



信じることで、相互の間に、つながりが出来ると考えられます。

つながりを通して、相手に自分の想いが伝わると思います。

喩えて言えば、相手に伝える想いが「水」であれば、信じることは「水路」のようなものになります。

水路があって、初めて水が流れます。

いくら想いがあったとしても、信じ合えていなければ、想いは通いません。

相手を信じなければ、想いは行き場を失ってしまいます。

行き場を失った想いは、苦しみや悲しみとなって、自分に返って来てしまいます。

苦しくなったり、悲しくなってしまうのは、もしかしたら、相手を信じていないからなのかもしれません。



なぜ、信じないと、苦しみや悲しみを味わうことになってしまうのでしょうか?

信じないことが、神の摂理(自然法則)に適っていないからと考えられます。

神が望んでいるのは、愛し合うことです。

信じなければ、愛し合うことができないので、生きる意味を失ってしまい、苦しみや悲しみとなってしまうと考えられます。

人は誰でも苦しみや悲しみを味わいたくありませんので、神の摂理のの働きにより、やがて信じるようになって行くと思います。



魂の存在を、信じない人がいます。

信じる、信じないは、個人の自由ですが、もし、信じない人が愛する人を失ったら、どうなるでしょうか?

その人にとって、死は永遠の別れを意味します。

愛しているほど、起きた現実に耐えられなくなり、生きるのが苦しくなってしまうでしょう。

苦しくなるのは、永遠に会えないと事実誤認をしていて、それを改めるように、神の摂理が働いているためと考えられます。

誤りを正せば、今の苦しみから解放されると考えられます。



死によって、肉体は無くなっても、魂は存続しています。

魂から想いは生まれているので、生前の愛する想いは、変わることなく続いています。

もし信じなければ、亡くなった人から今も想いが届いていることに、気付くことはありません。



人にとって、悲しく、つらいことは何でしょう?

それは、自分が愛する人に、信じてもらえないことだと思います。

魂の存在を信じない人は、亡くなった人の存在と、想いを信じていません。

悪意はないのですが、亡くなった人を無視し、想いを拒否していることになります。

亡くなった愛する人が、どれほど悲しく、つらい想いをしているか、思いもしていません。

信じようとしない頑固さにあきれて、それが続けば失望に変わってしまい、想いを届けるのをあきらめてしまうかもしれません。

見えないから、存在しないという誤った考えは、あの世とこの世の双方に、無用な悲しみと苦しみをもたらすだけなので、直ちに捨て去らなければいけません。

魂の存在を信じなさいと言われても、にわかには信じられるものではありませんが、信じない限り、いつまでも苦しみから逃れることが出来ません。

信じる者は、(苦しみから)救われるのは事実です。



この世からいなくなった事実は、変えられません。

悲しさ、寂しさが、無くなってしまうことはないでしょう。

しかし、誤りを改めることで、和らげることは可能です。

慰めや、励ましではなく、あの世で生きていて、この世の人に想いを伝えようとしているのは、紛れもない事実です。

姿は見えなくても、あなたが想った瞬間、傍に来ています。

愛する想いは、あの世の魂を引き付ける力だからです。



愛する人の想いがいつまでも届かないのは、あなたが魂の存在を信じ切れていないからなのかもしれません。

頭で考えてはいけません。

五感に頼ってはいけません。

この世に生きている時は、あなたへの愛を肉体的表現により証明出来ましたが、肉体を失った今、それが叶わないことを、どうぞ判って下さい。

証明されなくても、信じるようにして下さい。

あなたに、信じてもらうしか術がないのです。

信じてもらわなければ、想い伝えようにも、伝えられないのです。

愛しているので、想いを伝えたくて仕方がないのです。

何かを感じたら信じるのではなく、この世の人が先に、亡くなった人の存在と想いを、心から信じなければいけません。

今は、信じるのが難しいのであれば、あれほどまで愛してくれた人が、いなくなってしまうはずはないと強く思って下さい。

悲しみ、苦しみの後に、真実を受け入れて、信じられる時がきっと来ます。



この世を生きる意味は、目に見えない大切なものに気付くことかもしれません。

愛より大切なものは、この世に存在しません。

信じ合えば、愛し合うことが出来ます。

強く信じる者が、強く愛し合うことが出来ると思います。

信じることの意味を深く学び、大きく成長して行くために、今生に別れがあるのかもしれません。



違いを乗り越えて、愛し合うために、全ての人は生きています。

ばらばらになったものが、再び1つになるために、私たちは信じ合わなければいけません。