2014年7月21日月曜日

想いを手放してガンを手放す



7年前に、人生で最も屈辱的な経験をしました。先が全く見えなくなり、言い知れぬ不安な日々を過ごしました。

しかし、すべての原因は私にあり、蒔いた種は、自らが刈り取らなければいけなかったのです。

今までのブログで、幼少期のつらい出来事が、ガンの根本原因の1つとなっていて、その表現されなかった想いが、時を経て、肉体上に表れたものであると書きました。

幼少期の子供に、落ち度や責任があったとは、とても思えません。

もしかしたら、知ることのできない、さらに過去の自分に、原因があるのかもしれません。



ガンは、表現されなかった想いが原因であるという根拠は、自分の想いが、ガンに大きく影響を与えるという事実があるからです。

恐怖や不安を感じると、ガンはその想いに反応し、活性化して、痛みが増強してしまうようです。

その逆に、心穏やかに過ごすと、ガンも大人しくしてくれるように思います。



自分の想いに敏感に反応するのは、何を意味するのでしょうか?

医学的には、恐怖や不安を感じると、交感神経が優位になり、免疫機能が抑制されて、NK細胞の活性が低下して、均衡が崩れて、ガンが増殖を始めると考えられます。

霊的には、恐怖や不安に反応して、あの時の想いが呼び起こされてしまうために、肉体に反映されているガンが活性化してしまうと考えられます。

「怖い、助けて」、あの時の想いと全く同じです。

あの時のつらい思いをした自分は、安心と愛情を、ひたすら求めています。

穏やかな心でいれば、安心しています。

自分の想いに敏感に反応するのは、あの時の想いが魂のありさまを変えて、ガンとして肉体に表れているからであり、ガンを進行させないためには、恐怖や不安を寄せ付けずに、穏やかな心でいることが何よりも大切と思われます。



しかし、どんなに穏やかに生活をしていても、ガンは治るわけではありません。

治癒のためには、あの時の表現できなかったつらい想いを、どうしても手放さなければいけません。



そのためには、あの時の自分に会うことが必要です。

あの時の自分が、あの時の想いを生じさせたからです。

一般的に、過去の自分の記憶や想いを表在化させるためには、退行催眠が必要と思われます。そのためにセラピストの元を訪れなければいけません。

しかし、病気は誰にも頼らないで、自分の力で治せるものだと考えられます。



では、あの時の自分に会うにはどうすればいいのでしょうか?

落ち着く場所で、一人静かになり、目を閉じて、考えること、思うことをやめて、心を穏やかに、しばらく待ちます。

頭の働きが低下している、眠りに入る前や、起きてから間もない頃が、最も良いのかもしれません。



そして、あの時の自分を思い浮かべて下さい。

あの時の自分の外見を、記憶の中で思い出すのではなく、少し遠くから、知らない人になって、眺めるようにして下さい。

近い頃の、自分の写真があれば、もっと良いでしょう。

その写真に写っている、あの時の自分を、じっと見つめます。

良く見てください。

あの時の自分が、そこにいます。

何も知らない、幼くてかわいい自分です。

何か悪いことをしたのでしょうか?

そんなことは、何もしていません。

ただ、幼いだけです。

小さいだけです。

心の中で、声をかけてみましょう。

「あなたは、何にも悪くないよ」

それは、事実です。

「あなたのことを一番知っているのは、この私だよ」

「だから、安心して、大丈夫だから」

「何も怖くない。もう大丈夫」

「とてもつらい想いをしてたね」と言って、心の中で、思いっきり抱きしめましょう。

愛を込めて。

「あなたのつらい想いが、やっと今、分かった。」

「寂しかったね。苦しかったね。泣きたかったね。」

「もう大丈夫、私がいるから」

「私が代わりに、いつもいてあげる」

「もう一人にさせない」

「安心して」と。

心の中で、あの時の自分にかける言葉を、例として書きましたが、あの時の自分をやさしくする気持ち、いたわる気持ちがあれば、表現は何でも良いと思います。

あの時の自分を慰めてやり、安心させてやりましょう。



もし、あの時の自分が、今の自分に心を開いてくれたのなら、あの時の想いが伝わってくるはずです。

こみ上げてくる、表現されなかった想いを、しっかりと感じることができるはずです。

それは、苦しかった、悲しかった、寂しかった、悔しかった、魂に封印されていた、あの時の想いが解放された証拠です。

涙を流すことで、想いが表現されるかもしれません。

泣きたければ、思いっきり声を上げて泣きましょう。

あるいは、感情が昂ぶり、怒りや、悔しさとして、想いが表現されるかもしれません。

あの時の幼かった自分に代って、今の自分が泣いたり、怒ったりして封印されていた想いを表現しています。

今の自分を通して、あの時の想いが、解放されています。

毎日、少しずつでいいですから、あの時の自分を思い浮かべて、やさしく抱きしめて、愛してやりましょう。

そして、あの時の想いを、感情として表現して、解放させてやりましょう。



あの時の、つらい思いをした自分を救ってやれるのは、ガンでつらい思いをしている、今の自分しかありません。

ガンは、肉体を死に至らせる病ではなく、あの時のつらい想いを解放させ、本来の自分を取り戻すためにある、神の摂理です。



神は愛です。

つらい出来事を経験した幼い子供に、時を経て、追い打ちをかけるように病気にさせて、ただ苦しみを与えるようなことはしません。

つらい出来事によって生じてしまった想いを、ガンという深刻な病気を通して気付かせ、解放させ、魂を本来の姿にもどすためにあります。

あの時の自分のつらい思いは、病気になりつらい思いをしなければわかりません。

前のように生きていたのでは、あの時のつらい思いをした自分に気付くことは、まずありません。

もし、気付いたとしても、あの時の想いを、分かち合い、解放することはできません。

どんなにつらかったのか、理解できないのですから。



解放されない想いが、どれだけ魂に重大な影響を与えているのか、この世を生きている私達には良くわかりません。

魂は生命であり、真の自分です。

それを少しでも向上させるのが、私達に与えられた責務です。

この世に生まれてきたのは、魂を向上させるためであり、愛を表現することで成就されます。

愛を表現することが、最も大切であり、それ以上のものは存在しません。

解放されない想いは、ありのままの自分を表現する、大きな妨げになっています。

本当の自分は、もっと愛を表現できるはずなのに、その想いが足かせとなり、できなくなっています。



永遠に生き続ける魂にとって、この世の人生は、ほんの僅かな時間ですが、愛を表現できなければ、無意味なものとなってしまいます。

想いを手放すことは、この世を生きる目的を果たすために、絶対に必要だったのでしょう。

すべてのことに意味があり、「愛」を中心に考えれば、納得の行く意味が、必ず見つかると思います。

ガンという病気になったのは、愛の大切さに気付くためです。

そして、あの時の想いを、あの時の自分と分かち合うために、苦痛の経験が必要だったのです。

あの時の自分は、閉じ込められて、愛を求めています。

愛されなかったあの時の自分を、愛の大切に気付いた今の自分が愛すればいいのです。

そして、愛により封印された想いは手放されるはずです。

あの時の自分を見つめながら、愛を送って下さい。

慰めて下さい。

つらい出来事を耐えたことを、無条件に褒めて下さい。

想いが手放されれば、魂は本来の姿を取り戻していき、肉体はそれに追従し、病気は癒やされてくると考えられます。

ただし、忘れてはならないことがあります。

それは、今の自分の病を治すために、あの時の自分を愛するのではなく、あの時の自分に心から同情し、共感し、いとおしむ想いから、愛さなければいけません。

あの時の自分のためにです。

それが、今の自分はできるはずです。

なぜなら、痛みに耐えて、十分に苦しんできたからです。



これまでのことを、信じていただけるかわかりませんが、本当に病気が良くなってもらいたくて、書いてきました。

私の知識や思考からではなく、向こうの世界からのインスピレーションと考えて下さい。

あの時の自分を、思いっきり愛する。

「あなたのことが、私は大好き」

こんなシンプルなことで、ガンが良くなってくるのであれば、私も驚きです。

試した人は、まだいませんので、結果がどうなるのかはわかりません。

ただ、失うことは、何1つありません。騙されたと思って、どうぞやってみて下さい。



愛がすべてであり、すべてが愛です。

あなたの苦しみ、痛みが少しでも癒やされることを、心から祈っています。













2014年7月17日木曜日

あの時の想いを手放すために



ガンという病気の根本原因は、表現されなかったつらい出来事から生じた想いであり、つらい出来事とは、幼少期に同性の親から受けた拒絶ではないかと、前回のブログに書きました。

その時の、想いが魂のありさまを変えていき、長い時を経て、ガンという形で肉体上に表れたと思います。

魂は、すべてのことを承知の上で、母体に宿り、地上に誕生します。

魂は自分の親がどんな人か、生まれ育つのはどんな家庭かを、知っていた訳です。

当然、生まれてから親との関係についても、およそ分かっているはずです。

幼い時に、親から冷たくされたり、あるいは拒絶されたりするかもしれないのも、分かっていたと思います。

それでも、その親を選んで生まれてきたのは、何かしらの意味があるはずです。

この世に生まれてきたのは、魂を向上させるためであり、そのためには、今の親である必要があったのでしょう。

親子の関係が、どうしてもうまくいかないのは、子供や親の性格が悪かったり、合わないのではなく、お互いに理解しあい、許しあうことを、この世で学ぶためであったのかもしれません。

もしガンが、つらい出来事から生じた想いの結果であれば、この世で、この病気を乗り越えていくことは、あらかじめ決められたことなのかもしれません。

最近、いろいろな本を読んでいますが、親との関係はもっとも近く、しかも親密なために、子供の心や魂に与える影響は、計り知れないものがあると感じています。

ガンを治すのには、想いを手放さなければいけない、出来事を許さなければいけないと思っていますが、そんな生易しいものではないことは確かです。

ガンという深刻な病気になるほど、つらい想いだったのでしょうから。

医学的には、ガンは異型の細胞が際限なく増殖して、肉体に死をもたらす病とされています。

しかし、霊的には、肉体は魂に従うため、魂のありさまの変化が、肉体上にガンとして表れたと考えられます。

ガンは、魂のありさまを変えてしまった、表現されなかった自分の想いに気付かせるためにあると考えられます。

苦痛の経験は、想いを手放すために必要と考えられます。

もし、つらい想いが時を経てガンとして表れたのであれば、つらい出来事が起きた時の想いと、ガンにより生じた想いは、似かよっているかもしれません。

ガンを告知された時の絶望感は、つらい出来事が起きた時の絶望感と同じなのかもしれません。

ガンの肉体上の痛みは、つらい出来事が起きた時の、心の痛みの反映かもしれません。

ガンの恐怖は、その時に味わった恐怖かもしれません。

ガンの不安は、その時に味わったの不安なのかもしれません。

うまく表現できなかった絶望、苦痛、恐怖、不安な想いが、時を経て、ガンとなり表現されています。

その時の、張り裂けそうな想いは、ガンとなり張り裂けそうな想いとして表現されています。

奥底の自分の想いに気付いて欲しいために、形を変えて肉体にガンとして表れた、魂の叫び、魂の訴えだと思います。

封印された想いは、誰にも知られることはありませんが、魂はいつも手放したがっています。

なぜなら、想いはありのままの自分を表現することの妨げになっているからであり、魂に流れ込む神の愛を表現する制約となっているからです。

想いを手放すため、出来事を許すためにはどうすればいいのでしょうか?

あの時の自分に、心の中で会いに行きましょう。

あの時の記憶を思い出すのではなく、道端で泣いている、見知らぬ子供のそばに行って、「どうしたの?」と尋ねるように、あの時の幼かった、もう一人の自分に言ってみましょう。

「大変だったね。つらかったね」と。

そして、心の中で、思いっきり抱きしめてやりましょう。

つらい想いをしても、何もできなかった、涙さえも流せなかった、あの時の自分を抱きしめながら、「もう、大丈夫だから、安心して」と慰めてやりましょう。

今、ガンになり、つらい想いを経験しているのは、つらい想いをしているあの時の自分を理解するためです。

つらい経験をしている、今の自分であれば、あの時の自分とともに、悲しみ、怒り、痛みを分かち合えるはずです。

全く同じ想いなのですから。

一人ぼっちで悩み、苦しんでいたあの時の自分を、救えるのは、一人ぼっちで悩み、苦しんでいる、今の自分しかいません。

幼かったあの時の想いを、今の自分であれば、解放させてやることができます。

今の自分は、ガンで十分に苦しみや、痛みを味わってきたため、あの時の想いを、あの時の自分に代わって、張り裂けそうな想いを、言葉や感情で、素直に、ありのまま表現してやることができるはずです。

ガンにならなかったら、怒りなどの感情に阻まれて、あの時の自分に会うことはできません。

あの時の自分は、「お母(父)さんがいなくなっちゃった」と泣き叫びたいのかもしれません。

お母(父)さんは生きていても、心の中にいなくなってしまったのかもしれません。

あの時の自分に会って、お母さんのようにやさしくしてあげて下さい。

それだけ、あの時の自分は、つらい想いをしてきたのですから。

あの時の自分を、存分に愛してやって下さい。

強く抱きしめてやって下さい。

慰めてやって下さい。

あの時の自分の想いは、あの時のまま、魂に閉じ込められています。

閉じ込められた想いは、あの時の自分の想いであり、今の自分の想いではありません。

今の自分は、あの時の出来事を許すことはできません。

あの時の自分だけが、あの時の出来事を許すことができます。

あの時の自分だけが、あの時の想いを手放すことができます。

あの時の自分に寄り添い、慰めて、愛してあげられるのは、今の自分しかいません。

つらい想いをした、あの時の自分を、溢れる愛で、包み込んで下さい。

あの時の自分を、今の自分が愛することで、出来事は許され、想いは手放されます。

ガンという病気で苦しみ抜いた、今の自分だからこそ、できるはずです。

2014年7月9日水曜日

「ガン ‐希望の書」を読み終えて



リズ・ブルボーの「ガン-希望の書」(ハート出版)を読みました。

著者は霊的真理にも精通していると思われ、ガンは肉体の病気ではなく、ハートからのメッセージであることを、ガンは愛によって癒やされることを、多数の患者さんの治癒の経験を通して学ばれました。

ガンを克服したいと願いう患者さんに、自らの経験や知識を惜しみなく授けようとしているのが、良く分かりました。



ガンは表現できなかった、つらい出来事が根本原因になっていると思っていましたが、リズ・ブルボーは「同性の親からの拒絶」から始まると、言い切っていました。

同性の親から拒絶は、子供の魂にそれほどまでに、影響を与えるのでしょうか。正直、私にはわかりません。

子供の頃、親からは毎日のように怒られていましたが、傷にはなっていません。

幼少の頃は、親は絶大な存在です。

親に頼らなければ、生きていけません。

すべてを信じ、すべてを委ねる存在です。

その親から拒絶されたのであれば、持って行き場のない、強烈な想いが生じるのは、何となく想像できます。

そして、魂が深刻な影響を受けて、時を経て、ガンになっていくのかもしれません。



数年前の出来事を、思い出しました。

私の同級生の友人と奥さんが、クリニックの患者さんとして通院していました。

人も羨むような、仲の良い夫婦です。

治療が終わり、挨拶をしようとしたら、奥さんは治療用のいすに座り、まっすぐ前を見ていました。

そして「病気になったので、しばらく通院できなくなりそうです。」と言われました。

「どうしたのですか?」と尋ねたところ、

「悪い病気みたいです。」と、淡々と話されました。

夫である友人は医者であり、後日連絡して聞いたら、ガンでステージⅣと言うことでした。

腰痛を訴えていて、ガンが背骨に転移していて、最初に見つけたのは、友人でした。

友人の勤務先の病院に入院し、手術は適応外のため、抗ガン剤治療が始まりました。


少しでも良くなってもらいたかったので、私は友人夫婦にヒーリングについて話をしました。

友人は信じられないという感じでしたが、奥さんには喜んで同意してもらえました。

週1回日曜日の午前中に、ヒーリングをすることになりました。


友人夫婦には、小学生の子供が二人いました。

新居も建築中であり、家族とともに新しい住まいでの生活を夢見ていました。

そんな時に、突然のガンの宣告、しかもステージⅣ。

奥さん、友人の心境は、とても想像できません。

奥さんの性格は、明るく、前向き、そして快活であり、病気とは無縁に思えました。

社交的で多くの友達が周りにいて、スポーツも大好きで、ガンになる原因はどこにも見当たりません。

どうして自分がガンになったのか、子供を育てているこの時期なのか、本人が1番納得いかなかったでしょう。



入院先の病院から抜け出して、私の仕事場にヒーリングを受けに来ましたが、しばらくはステージⅣには見えないほど元気でした。

ある日のこと、ヒーリングが始まってしばらくすると、奥さんがポツリと言いました。

母親からいつも「〇〇、〇〇」と言われ続けていましたと。

具体的に書くのは控えますが、女性が言われて最も傷つく言葉の1つだと思われます。

怒りや、悲しみを通り越して、あきらめに近い表情で話をしていたのが、印象に残っています。

何で私に、そんなことを話すのかと思いましたが、ヒーリングで霊的な力が流入し、魂が優位になっていると思われ、魂に刻まれた、子供の頃のつらい出来事が呼び戻されて、話したくなったのだと思います。

その時は、ずいぶんひどいことを言う母親だと思いはしましたが、そんな大したことではないと思い、聞き流してしまいました。



奥さんの病状は、家族の願いや医療スタッフの努力にもかかわらず、日に日に悪くなっていきました。

日曜のヒーリングにも、来られなくなりました。

しばらくして連絡したところ、脳に転移して大変つらいと話をしていました。

周りの人が驚くくらい、気丈に、前向きに頑張って、完成した新居に戻り、家族とかけがえのない時間を過ごすこともできたそうです。

すごく、うれしかったでしょう。

許されるのであれば、このまま家族といたかったでしょう。

しかし無情にも、愛する子供たち、友人を残して、次の世界に旅立って行きました。

38歳でした。

その日は、夫である友人の誕生日でした。

神が、その日まで生きていることを、許しました。

夫である友人に向けて、強いメッセージが込められていると感じました。

「私を忘れないで欲しい」というよりも、「私を愛してくれて、本当にありがとう」だと思いました。

目には見えなくなっても、子供や友人に寄り添い、あたたかく、時にきびしく、見守っているのは間違いありません。



他のガン患者さんがどうなのか知ることはできませんが、私の身近にいた人は少なくとも「同性の親からの侮辱的な拒絶」は受けていたと思われます。

なぜ、同性の親なのか疑問に思いました。

愛されたいと思う親から、拒絶された時の想いは、経験しなければわかりません。

同性の親は、数十年先を行く、未来の自分に近い存在であり、手本となる立場です。

同性の親の中に、自らが向かうべき方向や、将来の姿を見出していくのかもしれません。

人に分かってもらえないことでも、母親にわかってもらえれば、気持ちは落ち着きます。

そんな母親から、侮辱や拒絶のメッセージを受け取ってしまったのですから、逃げ場はありません。

本人にとっては、きっと耐えられない、気持ちが張り裂けそうな出来事だったのでしょう。

強い自己否定感が生まれてしまっても、おかしくありません。

もし私が同じ経験をしたら、自分の中に否定的な想いや、親に対する怒りや憎しみが、生じてしまうと思います。

幼少期であれば、大人のように怒りとか悲しみを、言葉や表情や行動で、うまく表現できるはずはありません。

できることといえば、泣きわめくくらいです。

母親からの「侮辱的な拒絶」は、泣くこともできない、あまりにつらい出来事だったのでしょう。

それが、幾度と無く繰り返されて、表現できなかった想いは、積み重なっていったと考えられます



他の人には分かってもらえない、苦しみや葛藤を、子供の頃から抱えていたことになります。

もし、その時のつらい想いを、言葉にして表現してもらって、少しずつ手放せていけたのなら、どう変わっていたでしょう。

自分を許し、母親を許すことができたとしたら、向こうに行かずに済んだのでしょうか。

今となっては、知ることはできません。



ガンは魂のありさまの変化が、肉体のありさまの変化として表れたと考えられます。

魂のありさまを変えたものは、過去のつらい出来事から生じた、表現されなかった想いと考えられます。

もう忘れてしまっているかもしれませんが、同性の親からの拒絶がなかったか、振り返える必要があります。

もし、そんな経験があったとしたら、幼かったために、想いは表現されずに滞ってしまっていると考えられます。

時を経て、子供ができて育てる立場になった時に、その出来事が再び呼び起こされて、同じ想いが積み重なっていったとしても、おかしくはありません。

そして、魂のありさまを変えるほど、想いがうっ積してしまい、肉体にガンとして表れたのかもしれません。

魂は自分のものであり、すべての責任を負わなければいけません。

ガンはその想いに気付き、手放し、魂を浄化させるためにあると思います。

ありのままの自分を許し、より大きな愛を表現するために、存在していると思います。

いたずらに苦しめたり、死に至らせる病では、決してありません。



過去(幼少期)に生じた想いを手放し、つらい出来事を許すことは、ガンを治すために避けて通れません。

しかし、想いは深く根を張っていて、そう簡単に手放したり、許すことはできないと考えられます。

ガンが治りにくいのは、想いを手放したり、許したりすることが、とても難しいからだと思います。



もし、想いを手放し、許すことができたのなら、奇跡のようなことが、現実に起こるような気がします。



現実に起きているので、そのことを伝えたくて、この本を書かれたのでしょう。

内容は難しく感じるかもしれませんが、真実を語っていると、直感的に思いました。

素直に信じて、実践する価値はあります。

この本を、私は支持します。



<追記>2014年12月16日
「がんが自然に治る生き方」 ケリー・ターナー(著)プレジデント社が出版されました。ガンを克服した人の、実体験に基づく病気に対する考え方や、根本的な治し方が、分かりやすく書かれていますので、とても参考になると思います。是非、読んで下さい。




参考ページ: 「ガンは愛により癒される」

        「ガン(癌)は怖くない!」

                        「想いを手放してガンを手放す」

                      「ガン(癌)の真相」










2014年7月3日木曜日

ガンの正体を知る

今まで、ガンという病気について、度々書いてきました。

ガン細胞には、遺伝子の変異が認められます。

しかし、変異を起こす主因は、未だ突き止められていません。

細胞分裂は、人の意志とは関係のない、自然の営み、神の営みにより行われます。

ガンが細胞分裂時のコピーミスということであれば、神の営みにミスがあったということになります。

もし、神の営みのミスということであれば、1つの受精卵から、細胞分裂を繰り返し、精緻な人体を造り上げていくことは、とても不可能です。

神の営みのミスではなく、神の営みの一環、神の摂理として、遺伝子に変異が生じたと考えた方が正しいと思います。

ガンの原因として、タール、ベンツピレン、ニトロソアミン等の発ガン物質、また放射線の被爆があります。遺伝的素因も確実に影響しているでしょう。

しかし、私の祖父はヘビースモーカーでしたが、ガンにはなりませんでした。

私の友人の奥さんは、タバコも吸わず、健康的な生活をしていましたが、ガンになりました。

それだけでは説明できない、何らかの要因があるのは明白です。


悲しければ泣き、うれしければ笑う、絶え間なく、内(魂)にあるものが、外(肉体)に表現されています。

魂のありさまの変化が、肉体の変化として表れているのが、ガンと考えられます。

魂のありさまを変えてしまったのは、過去のつらい出来事から生じた、表現されなかった想いと考えられます。


ここで、疑問がわきました。

魂のありさまを変えてしまうような出来事とは、どんなことだろうか?

1つの答えが、1冊の本の中にありました。

リズ・ブルボ‐というカナダ人が書いた、「ガン ‐希望の書」(ハート出版)という本です。出版されたばかりです。

その出来事とは、「同性の親からの拒絶」と言うことです。

30年にわたって、多くのガン患者さんを治癒に導いてきたので、書かれている内容は確信に満ちていて、きわめて納得のいくものでした。

「ガンを含めたあらゆる病気の背後には、肉体を超えた原因が存在する」、「ガンを人生における大切な〈学び〉の機会とみなす」と、述べられています。

表現は違っていても、同じことを伝えようとしているのがわかり、すごく安心しました。


そして、こんな疑問もわきます。

どうして、つらい想いを過去にして、(それを表現できずに)我慢した人がガンとなり、さらにつらい思いをしなければならないのか。

それは、本当はもっとたくさんの愛を表現できる人なのに、その出来事から生じた想いに縛られているために、できなくなってしまっているからなのかもしれません。

本当は愛を表現することに喜びを感じる人なのに、愛を表現するのを避けてしまっているからなのかもしれません。

ありのままの自分を認めていないために、ありのままの自分を表現できなくなってしまっているからなのかもしれません。

愛を表現することは、生きている意味そのものなので、自分を変えていかなければいけません。

変えていくためには、その出来事を許し、想いを手放さなければいけません。

その出来事を許し、想いを手放すためには、大きな愛の力が必要です。

愛の力は、自分で作るものではなく、神からの流れ込む(生命)力です。

他者に愛を表現することで、神からの(生命)力は、魂に流れ込みます。

愛することで、愛されます。

愛することで、癒されます。

人を、もっと愛するためには、自らの魂が向上していかなければいけません。

魂を向上させるためには、苦難を乗り越えていく経験と、愛の大切さに気付く経験が必要となります。

ガンによる肉体的、精神的苦痛は、経験した人でなければわからないほど、つらいものだと思われます。

つらい苦痛に耐え、不安や恐怖との闘いの中で、少しずつ魂は向上していきます。

そして、追い詰められて、逃げ場がなくなった時に、眠っていた魂がようやく目覚めます。

つらいでしょうが、それが神の摂理です。

魂は生命そのものであり、神の一部であるため、魂に目覚めると(神の心である)愛の大切さに気付き、しきりに表現したくなります。

感謝の思いも、形を変えた愛の表現です。

愛を表現していくことで、神から愛が流れ込み、その愛の力により、出来事が許されて、想いが手放されます。



魂に深く突き刺さっている矢に、本人も気付かずにいることがあります。

魂に矢が突き刺さっていることを知らせているのが、ガンという病気の正体であり、矢を引き抜くためには、相応の苦痛が伴います。

魂に矢を打ち放った人を許すことで、矢を引き抜くことができ、魂の傷は癒やされていきます。

許すことで、許されます。



人生がこの世で終わると考えると、つらい想いをして、つらい病気になるのは、きわめて不公平、不平等と思われますが、生命は魂であり、次元をまたいで生き続けます。

向こうの世界は、魂の世界であり、想いがすべてです。

魂が、愛の想いを放っていることが、最も大切です。

もっとも美しく、眩しい光を放っているのは、愛に満ちた魂です。

向こうの世界に行けば、誰もが愛の想いを放つことができるわけではありません。

憎しみを抱いたまま死ねば、向こうの世界でも憎しみをいだいたままです。

病気にならずに、怒り、憎しみ、恨みを抱いたままよりも、病気になり、たとえ苦しい思いをしても、愛の大切さに気付いて、愛の想いを抱き、表現しながら、この世を去っていった方が、生まれてた意味を成就しています。

周りに感謝し、生きている喜びを噛みしめ、愛の想いを表現するほど、幸福を感じることはありません。

神の摂理に適っているからです。

怒り、憎しみ、恨みの想いを、できるだけ愛の想いに変えるために、悩み、苦しみ、痛みを感じながらも、弛まぬ努力をしていくのが、この世に生まれてきた大きな目的だと思います。


もし、ガンにならずにいたのなら、生命や愛の意味を、これほどまでに知ろうとしたでしょうか。

生命や愛の意味を知ることは、この世の命をかけてまでも、大切だと言うことになります。

生命は神の愛を表現するために存在し、より高く、純粋な愛を表現するために、生き続けています。


この世のさまざまな経験は、愛の大切さに気付き、愛を深く知り、より高い愛を表現するためにあります。

ガンは、苦痛の末に死に至らせる病ではなく、さまざまな経験の中の1つです。

ガンの正体を知り、受け入れることは、治癒に導くために、不可欠だと考えています。