2017年3月19日日曜日

霊的な視点から出来事を見つめる



今から約11年前のある朝、いつものように目覚めたら、身体に妙な感覚を覚えました。

左腕が、しびれていました。

真冬に身体が芯まで冷えた後にお風呂に入ると、温まって来るのに従い、手や足がビリビリしてきますが、それに近い感覚です。

歯医者と言う職業柄、首を傾けて口の中を覗き込むようにして治療をすることが多いため、頸椎から来る手のしびれかと思いましたが、どうも違うようでです。

肩から上腕、前腕、そして指先へと、何かがゆっくりと流れて行く感覚であり、一体、何が起きているのだろうと思いました。



すぐにインターネットで調べてみましたが、出た来た答えは「ヒーリング」でした。

そんな力の存在など知りませんでしたし、望んでいた訳でもありませんでした。

試しに、家族が胃痙攣を起こした時に手を当ててみましたが、軽快しました。

犬がびっこを引いていたので、手を当ててみましたが治りました。

とても驚きました。

私は理系の人間であり、科学に興味があったので、証明がされていない、いかがわしいものを信じる気にはなれません。

しかし、目の前で起きていることは疑いようのない現実であり、力の存在を認めざるを得ませんでした。



そのうちに、この病気を癒す力は何なのだろう? どうして自分から出るようになったのだろう?と思うようになりました。

その答えをどうしても知りたくて、質問は受け付けていないにもかかわらず、日本スピリチュアル・ヒーラーグループに電話をしてしまいました。

電話に出られた世話人の方に、「シルバー・バーチの霊訓」を読むことを、勧められました。

当時、私の住む町にはなかったので、東京の大きな書店まで買いに行き、早速、読んでみました。

期待に反して、何のことが書いてあるのか、さっぱり判りませんでした。

知りたかったヒーリングの力についても、霊的な覚醒のためにあると書かれていましたが、その意味が全く判りませんでした。



意味も判らずに、シルバーバーチの霊訓をパラパラとめくって読んでいる時に、一通のはがきが私の元に届きました。

仕事上の監督官庁からであり、疑義が発生したので、指導を行う旨が書かれていました。

この指導は、精神的な重圧がかかり、以前、自殺者が出て問題になったほどです。

けれども、私には後ろめたいことはしていないという気持ちがありましたので、軽く注意をされて終わるだろうと考えていました。

指導を受けましたが、予想に反して不正な事象が複数見つかり、それを指摘され、疑義が深まって行きました。



事態が深刻さ増す中で、シルバーバーチの霊訓を真剣に読むようになりました。

今、起きていることを通して、因果律の働きに、畏れを抱くようになりました。

そして、乗り越えられない困難は絶対に起きないというシルバーバーチの言葉が、生きる支えとなっていました。

約1年間、苦しく不安な日々の末に待っていたのは、最も厳しい処分でした。



これまでの人生で経験のない、挫折感、屈辱感、絶望感を味わいました。

その代わりに、霊的真理というかけがえのない宝を手に入れました。

人生の苦難や挫折は、大切な真実を知るための触媒になっていました。



ヒーリングの力が出始めて、まもない頃の話です。

ある女性の患者さんが、インプラント治療(あごの骨にドリルで穴を開け、金属を植え込んで、その上に歯を作る治療)を希望して来院しました。

手術当日、患者さんの待つ部屋に入ると、何か雰囲気が違っていました。

介助のスタッフが2人いましたが、その他に誰かいるような気配がしました。

当時は、霊の存在や導きなど信じていませんでしたので、気のせいだと思いました。

いつも通り、麻酔をして粘膜を切開してドリルで穴を開けて行きましたが、その時に、心の中で「もっと深く」と、何者かがささやいていました。

何で?と思いましたが、何故かその声に従い、もう少し深くドリルで穴を開けていきました。

すると、骨を削る抵抗は消え、5mm位深いところまでドリルが到達してしまいました。

一瞬、何事が起きたのだろうと考えましたが、予定通り金属を埋入して、手術は終了しました。



翌日は休日でしたが、手術をした患者さんから、自宅に連絡がありました。

あごの麻酔がまだ切れないと、心配されていました。

その瞬間、昨日起こったことが、ようやく理解できました。

骨を削る抵抗が消えた時に、あごの中を通っている神経を、ドリルで損傷してしまったのです。

初めての経験であり、茫然としました。



後日、来院した時に、患者さんに状況を説明し、陳謝すると共に、回復の手段を講じようと思いました。

もしかしたら、左手から出始めた力が、症状を緩和してくれるかもしれないと期待しました。

簡単に説明をしたところ、了解していただけたので、休日に患者さんの自宅にお伺いして、ヒーリングをすることにしました。

始めてすぐに、患者さんはとても気持ちが楽になってきたと、興奮気味に言っていました。

時間にして数十分でしょうか、ヒーリングが終わった後に、しびれているところの具合を聞きましたが、残念ながら変化はありませんでした。

数日後、その患者さんから連絡があり、あごのしびれは相変わらずだが、持病の不整脈がなくなったと言われました。

自分としては、しびれが無くなって欲しかったのですが、その代わりに、予想もしていなかった病気が癒やされていました。



それからしばらくして、患者さんから連絡があり、実家の家族にヒーリングをして欲しいと頼まれました。

実家のお母さんは、40年来の不眠症に苦しまれていました。

妹さんは気功による施術をしていましたが、患者さんから邪気を受け取ってしまい、心身の状態が思わしくないと言うことでした。

お役に立てるのならと、東京にある自宅に向かい、ヒーリングをしました。

お母さんは、ヒーリングをしている時に、幻覚が視えるほどの不眠症に苦しんできたと、話されていました。

続けて、妹さんに行いましたが、ヒーリング時に流れてくるのは、気功のような粗削りなものではなく、やさしい力だと言っていました。

ご両親は、上の階に住んでいる息子さんにも、ヒーリングを希望されました。

息子さんは、脳こうそくで若くして倒れ、一命は取り留めたものの植物状態になり、若く綺麗な奥様
が、付きっ切りで看病をしていました。

非可逆的な神経の損傷に対して、効果は期待できないのは判っていましたが、数十分間、ヒーリングを行いました。

その時に、口がきけぬ息子さんの、奥様への感謝の想いを感じ取りましたが、確信がなかったので伝えずに帰ったのが、今でも心残りになっています。



後日、患者さんから、お母さんはぐっすりと眠れ、妹さんの体調も改善したと報告を受けました。

息子さんの植物状態は変わらないものの、妹さんと同様に不整脈が消えて、医師であるお父さんは心電図を見ながら不思議がっていました。

少しはお役に立てたと思い、うれしくなりましたが、今度は自分の医院に来ている患者さんに、ヒーリングをして欲しいと申し出がありました。

診療室に赴くと、かなり重い精神障害があると思われる少年と、ご両親がいました。

見た目に少し怖さを感じましたが、腕に手を置いてヒーリングをしました。

その時、変化は何もありませんでしたが、2回目のヒーリングの時に、引きこもり状態から、家族で一緒に食事ができるようになったと、ご両親が大変喜んでいました。

次に、自力で歩けないため、移動できる椅子に座ったまま、80代くらいの女性が、妹さんに連れて来られました。

ヒーリングをしている時に、今までの人生についてお話をされていましたので、お聞きしながら、数十分間行いました。

心身が楽になり、元気が出たのでしょうか、歩いて帰ることができました。

そして、ヒーリングをしたお母さんですが、表情を拝見したところ、目が輝いて、とても明るくなり、何かが変わったように感じられました。



ヒーリングは、もちろん心身の病気を癒すために行います。

しかし、真の目的は霊的覚醒にあります。

外からは判りませんが、この一連のヒーリングによって、本当の自分が目覚め、本来の生き方を取り戻せた人がいたとしたら、これ以上うれしいことはありません。



今でも考えるのですが、手術中に心の中でした声は、誰だったのか?

これまで数多くの手術をしてきましたが、同様の事象が起きたのは、この1例だけです。

勿論、あってはならないことであり、医療を施す人間として、強い自責の念にかられ、反省する日々が続きました。

麻痺が起きた患者さんに、私は訴えられても良いはずです。

しかし、逆に感謝されました。

その上、仕事で大変な状況にあるの知って、親身になって相談に乗ってくれました。

どう考えてみても、あり得ないことです。

2度と同じ経験はしたくありませんが、霊界の働きかけとしか考えられません。

この世の人のつながりを、霊界が十分に把握した上で、私が選ばれたのかもしれないと思いました。

霊界で立てられた小さな計画が、地上の人に遂行されたと、今は考えています。



シルバーバーチは、訪ねて来た人は、魂が重大な局面を迎えている可能性があるので、決して拒んではいけないと、繰り返し言っています。

訪ねて来た人は導かれているのであり、その背後にも、魂が癒やされる時が来ている人が、控えているかもしれないと思いました。



私の身に起きた、この2つの出来事は、出来れば避けたいものでした。

他の人から見れば、不運な出来事であり、わざわい以外の何者でもありません。

良い意味など、どこにも見つけられません。

霊的な視点から、起きた出来事を見ると、様相は一変します。

1つ目の出来事がなければ、私の眠っていた魂は目覚めず、崇高な霊的真理は受け入れられなかったと思います。

そして、2つ目の出来事が起こらなければ、ヒーリングをした人との接点はありませんでした。



人の窺い知れない絶妙なタイミングで、因果律が作動すると共に、霊界からの働きかけがあると信じています。

霊力の通路になっている人と、霊力を受けるべき人を結ぶための導きが、随所で行われていると思います。

人は、偶発的な出来事、偶然の出会いなどと片付けてしまいがちですが、実際は、目に見えない存在から、導きを受けた結果であることが多いと思います。



人の本質は、肉体ではなく魂です。

魂を成長させる、言い方を変えれば、自分を成長させるために、この世に生まれてきています。

人として、過ったところ、弱いところがあるので、さまざまな出来事を経験して、真実を学び、魂を鍛錬する必要があると、自ら判断してこの世に生まれて来たはずです。

苦痛を伴う出来事が起きるのは、その経験を通して、自分の過ちに気付くためだと思います。

困難や障害が立ちはだかるのは、必死に乗り越えて、魂を大きく成長させるためだと思います。

全て承知していたはずですが、いざ生まれてしまうと、楽しく、苦のない人生を望んでしまいます。

けれども、安楽な人生では、生まれて来た目的が成就されず、大きな成長は望めなくなります。



本当の自分(魂)が目覚めるのは、嵐が吹き荒れる中であり、真っ暗闇の中です。

人生のどん底の時です。

絶対に起きて欲しくない出来事であっても、魂を目覚めさせるという、霊的な目的があります。

いったん目覚めると、それからは自分を成長させる方向に進んで行くようになります。

突然の事故や病気に思えても、大きな意味が隠されています。

その意味が判らないと、悩み、苦しんでしまいます。

悩み、苦しみから逃れたいので、必死になって意味を見つけようとします。

見つけ出したものが、その出来事に隠されていた真実です。

真実を見つけ出した時に、悩み、苦しみから解放されます。

価値のある真実は、悩み、苦しみなしには手に入れられません。



この世界は、お互いの魂を成長させ、真実を学び取るためにあり、そのために必要な出来事が、自然法則に則って起きるようになっています。

不公平、不公正、偶然の出来事は、一切存在しません。

そのことは、死んだ後にはっきりと判りますが、なるべく早く気付くのに越したことはありません。

起きた出来事の意味を知るのには、霊的な視点から見つめなければいけないと思います。









2017年3月5日日曜日

ガンを治す



医療技術の進歩は、目覚しいものがあります。

CT、MRI、PETなど検査機器の登場により、ガンはより早期に発見できるようになりました。

しかしながら、死亡率は数十年前と比べて、大きく下がっていません。

早期に見つけられるようになっても、死亡率がそれほど変わらないのは、何故なのでしょう?

それは、ある程度、進行してしまったガンに対し、有効な手立てがないからと思われます。



医者は、身体に現れた病変を診ています。

病変が、身体上から消失すれば、治癒と考えています。

けれども、根本的に治癒させるには、ガンを生じさせた原因を突きとめて、完全に取り除かなければいけません。



残念ながら、ガンを生じさせる原因は、良く判っていません。

原因が判らないので、肉体上の病変を消失させる、対処療法に終始せざるを得ません。

病巣を切り取って、放射線を照射し、抗ガン剤を投与して、ガン細胞を消滅せようとしています。

放射線治療は侵襲も少なく、効果的な治療法と考えられていますが、放射線自体が遺伝子を傷つけ、ガン化させる原因の1つになっています。

抗ガン剤については、分子標的薬など、副作用が比較的少ないものも開発されましたが、正常細胞にもダメージを与えてしまうのは避けられません。

肉(正常細胞)を切らして骨(ガン)を切ることを目指していますが、骨を切る前に肉が切られ過ぎて死んでしまう人がほとんどです。

良く考えてみれば、ガンは非自己ではなく自己です。

肉体の一部として、生きています。

変異しているとは言え、生きている自己の一部を消滅させようとする治療は、あまりにも暴力的であり、不自然です。



人は、肉体と精神から出来ていると、多くの人は考えています。

本当に、それだけなのでしょうか?

魂(霊)の存在を忘れています。

この世の人は、目に見える肉体と、目に見えない精神、そして魂から成る複合体です。

生命とは、肉体ではなく魂(霊)です。

死とは、肉体から魂が永続的に分離する、自然現象です。

この厳粛な事実を認めれば、医学はさらに進歩すると思っています。



人々を悩ましている病気の原因は、どこにあるのでしょうか?

肉体、精神、魂(霊)、それぞれの次元に原因が存在していると考えています。

感染症は、存在を確認できるウイルスや細菌などが原因なので、物質(肉体)的次元の病気です。

胃潰瘍は、ストレスという精神的次元の原因によって、生じることが多いと思われます。

魂(霊)と病気の関係を研究した医学的論文や書籍は、私の知る限りありません。

しかし、膠原病や遺伝性疾患など、原因不明の病気の多くは、霊的次元に根本原因があると考えています。



ガンにおいても、それぞれの次元に原因があり、生じていると思います。

喫煙を続けていれば、肺ガンになるリスクが高くなるのは周知の事実であり、発ガン性物質などの
環境因子とガン発生の因果関係は証明されています。

乳ガンや大腸ガンの遺伝因子も、すでに特定されています。

ガンの環境因子と遺伝因子は、肉体的次元の原因と思われます。

ストレスにより免疫力(NK細胞活性)が低下するのは、科学的に証明されています。

AIDS患者は免疫力が低下するので、ガンの発症率が高くなります。

この2つの事実から、ストレスが強くかかっていると、ガンになり易くなると考えられ、精神的次元の
原因が、ガンの増殖に密接に関係していると考えられます。



霊的次元にも、ガンの原因はあるのでしょうか?

多くのガンの根本原因は、霊的次元にあると考えています。

死亡率が減らないのは、霊的次元の原因に対し、医学があまりにも無関心であるからと考えています。



霊的次元の病気は、原因が生じた時期により、2つに分けられると考えています。

1つは受胎前に原因があって生じた病気と、もう1つは受胎後に原因が生じた病気です。

受胎前に原因があって生じた病気の1つとして考えられるのは、先天性の遺伝子疾患です。

疾患が生じたのは受胎の瞬間なので、原因はその前に存在しています。

受胎前に原因があったのであれば、受胎前にも生命があると言うことになります。



生命は、この世限りのものではありません。

記憶にはありませんが、ほとんどの人は過去世の経験があります。

そして、今、この世を経験しています。

死んだ後に、またこの世に生まれて来る人も多いでしょう。

何回も生まれ変わる目的は1つであり、魂を成長させ、真実を学ぶためです。



先天性の疾患を持つ人は、病気を通して成長し、真実を学ぶため、あるいは過去世の過ちを償うために、自らが選択し、その肉体に宿ったと思われます。

側から見れば不幸に見えるかもしれませんが、自分自身で決めたことであり、全人生を通して、当初の目的を果たしています。

いかなる医学的処置も奏功しないのは、治ってしまっては、この世に生まれた目的が果たせなくなるからです。



ガンについても同じです。

ガンになるのが予定されていた人と、受胎後に原因が生じてガンになる人がいると考えられます。

人生のある時期に、これと言った原因も見当たらずに、ガンになる人がいますが、そんな人は予定されていた可能性があります。

もし、そうだとすれば、たとえ亡くなったとしても、決められていた寿命が来たのであり、その人のこの世での成長と学びが終わったと考えられます。



同じガンであっても、受胎後に原因が生じたのであれば、しかるべき対処をすれば、治癒する可能性が十分あると考えられます。

この世で病気になることを、選択していなかったのであり、自らに原因がない場合も考えられるからです。



科学では、全ての感情や概念は、脳から生まれていると考えられています。

しかし、それは誤りであり、精神の上位にある、魂から生まれています。

魂から、さまざまな想いが生まれ、それが感情となって表現されています。

人に個性があるのは、魂に個性があるからであり、豊かな感情が生み出されているからです。

魂(霊)の存在を認めれば、生命や感情について、論理的な説明が可能になります。



誤解を怖れずに言えば、ガンの根本原因は、「表現できなかった想い」であると考えています。

表現できなかった想いが、因果律の働きにより、ガンと言う病態となり、肉体上に表現されたと考えています。

過去に、口には出せないような、とてもつらい経験があり、それによって強い想いが生じていたにもかかわらず、肉体によって表現できずに、滞っていたと思われます。



肉体は、魂(霊)を表現する媒体です。

憤りの想いが湧き上がれば、顔を赤くして怒り、悲しければ、涙を流して泣きます。

魂から湧き上がった想いは、精神で感情となり、肉体で表現され、外に解放されて完結します。

想いは、物質的次元で具現化する「力」と言って良いのかも知れません。

五感には全く触れませんが、霊的次元では実在そのものです。



想いは消えてなくなるものではありません。

肉体で表現されない限り、想いという力は解放されずに内に滞っていますが、ほとんどの人は、そのことに気付きません。

けれども、想いが溜まると、心身の具合が悪くなることを知っているので、別の肉体的表現をしながら、外に出そうとします。

職場で溜まった想いを、同僚と酒を飲んで、吐き出す人もいます。

友達とおしゃべりをしたり、食べることで、解消させる人もいます。

運動をして、発散させる人もいます。

趣味に興じて、忘れてしまう人もいます。

それほど強くない想いであれば、何かに没頭することで、解放できると考えられます。

しかし、強い想いであれば、俗に言うストレス解消によって、解放するのは難しいと思われます。



現代社会で生きる私たちは、自分の内にある想いに気付きません。

その理由は、事務的な作業をこなしたり、パソコンやスマホと向かい合い、1日中、頭を使った生活を強いられているからです。

頭を働かせている時には、魂は休眠状態になっているからです。



内に強い想いが滞っていて、その想いに気付かないでいると、なぜ良くないのでしょうか?

人生には、予定されていたシナリオがあります。

シナリオの目的は、自分(魂)を成長させるためであり、必要な真実を学ぶためです。

そのシナリオに従って人生は展開し、人や動物や社会に奉仕する機会が訪れたり、目の前に困難や障害が立ちはだかります。

怒りや憎しみの想いがあったとしたら、心から奉仕をすることができるでしょうか?

強い怖れや不安があったとしたら、困難に挑戦し、乗り越えようとする気持ちが起きるでしょうか?

内に想いが滞っていていると、シナリオ通りの人生を歩めなくなってしまい、この世で予定されていた魂の成長が得られなくなってしまう怖れがあります。

それでは、この世に生まれてきた意味が、希薄になってしまいます。



神は自然法則を通して、私たちを成長させる方向に導いています。

内にある想いに気付かなければ、因果律の働きにより、肉体上に五感に触れる形となって現れます。

それが、ガンという病気の実体です。

想いに気付くため、そして解放するために、ガンという病気が存在します。



ガンは生命を脅かす病気であり、病名を告げられた人のほとんどは、強い恐怖や不安を感じます。

「怖い、助けて」という思いを、多くの人は持つと思います。

人によっては、「生きる気力が失われてしまった」と、絶望感を持ってしまうかもしれません。

孤独に怯えてしまい、「一人にしないで」と、心の中で叫んでしまう人もいるでしょう。

もしかしたら、内にあったのは、そんな想いかもしれません。



ガンは正常組織に浸潤し、破壊して、そして全身に転移して、増殖して行きます。

利己的で、周囲との調和を乱している組織と考えられます。

ガンの病態は、内に滞っている想いの様相を反映していると考えられます。

怒りや憎しみ、憤りに似た、言葉で表現できないような攻撃的な想いが、内にあったのかもしれません。



そんな強い想いを湧き上がらせた出来事が、過去の人生においてあったはずです。

あまりにも衝撃が強かったので、上手く言い表したり、行動に移せなかったと思われます。

内に溜まった想いが、自分本来の想いを表現するのを妨げるほど、強く、大きくなって行ったと考えられます。

日常の生活をしていて、何かの拍子に心の奥底に固いしこりのような感情に触れることが、今までにあったのかもしれません。

何とも表現できないような恐怖を感じたり、理由もなく湧き上がってくる怒りなどがあれば、それは過去に生じていた想いと思われます。



ガンの恐怖や不安は、内に溜まっていた恐怖や不安そのものです。

内に溜まっていた想いは、因果律の働きにより、肉体上にガンとして表現され、その時の恐怖や不安が、今の自分によって表現されています。

どうして自分がこんなひどい目に遭わなければいけないのかと言う、憤りの想いは、どうして自分がこんな病気にならなければいけないのかと言う、憤りの想いとして表現されています。

過去に生じていた強い想いは、長い月日を経て、ガンとなり蘇っています。



ガンを告げられれば、ほとんどの人は、生命の危機を感じて、医者に身を委ねます。

恐怖に襲われ、逃れるために、ガンを肉体から消滅させようとします。

医者はそれに応えて、目に見えるガンを外科的に取り除き、目に見えないガンを抗ガン剤で消滅させようとします。

自分の内面と向き合うよりも、恐怖から逃れるのが優先され、医者に治してもらおうとします。

ガンの恐怖は、過去の出来事から生じた表現出来なかった想いであるならば、医者がその想いを消し去ることは出来ません。



一方、発見された時すでに末期で、治療が出来ないと宣告された患者さんは、頼るところがありません。

深い絶望感、孤独感、死の恐怖に苛まれると思います。

ガンと正面から向き合わなければなりません。

自分の命を救う方法を、いくら探し求めても、見つけられません。

絶体絶命の窮地に追い込まれて行きます。

生命の危機にさらされ、深く思いを巡らします。

いのちとは?

何のために生きているのか?

頭でいくら考えてみても、答えは出て来ません。

そんな瞬間、頭を超えた何かが、目を覚まします。

本当の自分である魂が、長い眠りから、目を覚まします。



人は死にません。

魂はそのことを知っています。

頭で考えてしまうと、死の恐怖に怯えてしまいます。

死の恐怖から解放されるには、頭ではなく魂が主導権を握るしかありません。

死の恐怖、苦痛に追い詰められた末に、頭で考えようとする自我が吹き飛ばされ、ようやく魂が表に出てきます。

魂に目覚めた瞬間、内にあった想いに気付きます。

とても恐かったこと、そして強い憤りを持っていたことに、ようやく気付きます。



内にある、強い恐怖や憤りの想いを解放しなければいけません。

しかし、今、言葉や行動にして表現するのは困難です。



解放させる方法があります。

その時の自分に、愛を向けて下さい。



恐怖に怯え、震えていた自分を、あなたの愛により、安心させて下さい。

言葉にならない憤りを、あなたの愛により、鎮めて下さい。

その出来事を受け入れ、許すしかありません。

今の自分が許すのではなく、その時の自分が許さなければなりません。

今の自分が、その時の自分を愛することにより、その出来事は許されます。

これまでの人生の経験により、許すことが出来るほど、魂は成長したのです。

ガンという病により、想いに気付き、解放する時が訪れたのです。

恐怖に閉じ込められていた自分を、愛により救い出し、憤りに満ちたその出来事を許すことで、想いは解放されます。



とてもつらい想いをしている、その時の自分を心の中で思い描きましょう。

その時に近い、自分の写真を見つめながらであれば、もっと良いでしょう。

言葉も出せずにいた、その時の自分に、「良く耐えたね、もう大丈夫だから」と、優しく声をかけて下さい。

目を閉じて、心の中で、その時の自分を優しく抱きしめてやりましょう。

成長した今の自分が、その時の自分に心の底から共感し、慈しみましょう。

恐怖、怒りや憎しみの想いは、愛により解放されます。

涙にして、解放してやりましょう。

副作用はなく、費用もかかりませんので、少しずつで良いですから、毎日行って下さい。



肉体は魂を表現している媒体です。

想いが実像であり、肉体上のガンはその反映です。

暴力的に肉体からガンを取り除いても、想いという実像がなくなる訳ではありません。

想いという実像がなくなれば、肉体上のガンは姿を消します。

魂が浄化されて、肉体が浄化されます。



最も危惧されるのは、放射線や抗ガン剤により、肉体を浄化する免疫システムが破壊されてしまうことです。

魂に目覚め、想いが解放されて、治癒機転が来たとしても、免疫システムが正常に作動しなければ、生命(自然治癒)力が活かされず、肉体上のガンを排除出来ません。

摂理に反した治療により、免疫システムが破壊されてしまうと、神の摂理が働かなくなります。

治るべき人が、治らなくなってしまいます。



ガンという病気は、肉体と精神と魂の不調和から生じています。

その不調和を解消するには、愛と言う生命力が必要です。

自分へ向けた愛により、不調和が解消され、肉体上のガンは癒されて行きます。

ガンが癒やされた人は、愛の力で、魂が癒された人だと思います。