2017年6月11日日曜日

人生の勝者


社会では、常に結果を求められます。

私の仕事においても、(治療)結果が満足いくものでなければ、クレームになったり、黙って去って行く人もいます。

しかし、ベストを尽くしても満足する結果が得られない時もあり、もどかしさを感じています。



スポーツの祭典であるオリンピックでは、結果が出せた人と、出せなかった人の対比が鮮明に映し出されます。

周りの期待を一身に受けて、それに応えるために血のにじむような努力をしてきて、それでも金メダルに手が届かなかった人がいます。

一方、それほど期待されていなかったのに、普段の実力以上のものが発揮されて、金メダルを取ってしまう人もいます。

結果だけを見ると、この世の中は、ずいぶん不公平に出来ていると感じます。

しかし、実際は、自然法則の働きによって、完全な公平が保たれていると思います。



生命とは、肉体ではなく魂です。

人は死んで終わりになるのではありません。

死後にも人生があり、生まれる前にも人生があります。

人生にはおよそのシナリオがあり、今生のシナリオは過去の人生をどの様に生きたかによって決まります。

魂の不完全さを自覚して、過去の人生を悔い改めるために、シナリオが組み立てられ、その人生を承知した上で、最適な母体に宿りこの世に生まれてきます。



メダルを取った人も、取れなかった人も、才能が与えられ、後に競技と出会い、夢の実現に向かって突き進んで行くシナリオがあったと思います。

メダルを取るか、それとも取れないか、決まっていたのかは定かではありませんが、夢を実現させるために、人並みはずれた奮闘努力をすることは、予め決めていたと思います。

人が真似できなような努力が出来るのは、果たさなければならない約束であることを、魂が自覚しているからと考えられます。



表彰台で首にかけてもらうメダルは、勝者だけに与えられる栄光の印です。

しかし、本当に価値があるのはメダルなのでしょうか?

メダルは奮闘努力するための触媒であり、その結果得られる成長が、本当の価値を持っていると思います。

たとえメダルを取れなかったとしても、そこに至る過程で成長していれば、当初の目的は十分に果たしていると言えます。

悔し涙を流すかもしれませんが、その想いが次につながって行きます。

どんな経験も無駄にはならず、将来の自分の成長のための糧になっています。



生きる目的は、万人に共通しています。

この世でしか出来ない経験を通して、自分(魂)を成長させるためです。



勝者がいるのは競技だけであり、人生に勝者はいません。

勝つことだけを考えていると、生きる意味を見失ってしまいます。

この世界で勝者としてもてはやされていた人が、あの世の行って、惨めな思いをすることがあるようです。

勝者の証とも言える地位や名声、財産が、死と共に、ことごとく消え失せてしまうからです。

夢中になって追いかけていたものに、永遠の価値がないことを知って、何のために生きてきたのか判らなくなってしまうからです。

一方、苦労ばかりの人生だったと、哀れんでもらうような人が、実は大きな悦びを味わっていると思います。

功績は残らなくても、人や動物や社会が喜ぶことを心がけて生きてきた人も、大きな悦びを味わっていると思います。



目に見えない自然法則が、この宇宙を支配しています。

その自然法則は、想ったこと、言ったこと、行ったこと全てに働いていて、相応の結果をもたらします。

苦難や障害を乗り越えて行けば、自然法則の働きにより、魂は成長します。

他者に愛を表現(奉仕)をすれば、同じく自然法則の働きにより、魂は成長します。

人生に勝者敗者はありませんが、人生を振り返り、悦びに満たされる人と、悔やむ人がいることは確かなようです。

この世で魂が大きく成長した人は、それこそ金メダルを取った時のような悦びと達成感に満たされているような気がします。



 どうすれば、生き甲斐のある人生を送ることが出来るのか?

シルバーバーチは、人(や動物や社会)のために自分を役に立てること、困難を乗り越えて行くことによって魂(自分)が成長すると明言しています。

そして、人生の晴れ間ではなく、嵐が吹き荒ぶ時に自分が成長していたことを知り、神に感謝すると言っています。



目に見える結果だけで、全てを判断してはいけないようです。

結果の中に、目に見えない本当の意味が隠されているからです。

人生の学びとは、そこに隠された意味を得心することかもしれません。



物質に囲まれているこの世では、目に見えるものが全てだと、つい勘違いしてしまいます。

本当に大切なものは、神の配慮によって、判らないようになっています。

大切なものが見えてくるのは、それまで見えていたものが目に入らなくなった時です。

あまりの暗さに、この世の目が見えなくなると、魂の目が開きます。

魂の目が開いて視えてくるものは、「命」であり、「愛」です。



この世の出来事は、神の法則によって起こります。

神の法則は、生命を成長させる方向に導いています。

成長とは、より高く、より強い愛を表現するようになることです。

この世に起こる出来事は、苦しみや悲しみを経験し、より高く、より強い愛を表現するためにあり、その目的は1つになるためです。



人生は競い合うものではないので、勝者はいません。

ただ、この世の困難や障害を乗り越え、より高く、強い愛を表現できるようになった人を、神に祝福された、人生の勝者と呼んで良いのかもしれません。